【保存版】西国三十三所巡礼 『十四番札所 長等山 園城寺 観音堂 (三井寺)』の気になるお役立ち情報

      2017/05/31

 

西国三十三所 十四番札所 長等山 園城寺 観音堂 (三井寺)

 

 

いくつかある日本国内の巡礼の中でも、歴史が最も古いとされているのが『西国三十三所巡礼』です。
『西国三十三所巡礼』は今も昔も、信仰を大切に思い、またより信仰を深めようと霊場を訪れる参拝者が後を絶ちません。
特に、巡礼者が多い『西国三十三所』には、宗教や歴史を感じさせる国宝や重要文化財、貴重な寺宝が大切に保管されています。
今回は西国三十三所【十四番札所】長等山 園城寺 観音堂 (三井寺)の情報を紹介致します。

西国三十三所 十四番札所 長等山 園城寺 観音堂 (三井寺)

西国三十三所 十四番札所 長等山 園城寺 観音堂 (三井寺)

 

 

 

 

【十四番札所】長等山 園城寺 観音堂 (三井寺)

『十四番札所 長等山 園城寺 観音堂 (三井寺)』歴史

三井寺は7世紀に大友氏 (古代)の氏寺として草創され、9世紀に唐から帰国した留学僧円珍(天台寺門宗宗祖)によって再興された。
三井寺は平安時代以降、皇室、貴族、武家などの幅広い信仰を集めて栄えたが、10世紀頃から比叡山延暦寺との対立抗争が激化し、比叡山の宗徒によって三井寺が焼き討ちされることが史上度々あった。
近世には豊臣秀吉によって寺領を没収されて廃寺同然となったこともあるが、こうした歴史上の苦難を乗り越えてその都度再興されてきたことから、三井寺は「不死鳥の寺」と称されている。

「三井寺」の由来となった井戸「閼伽井屋」(重文)
三井寺の起源については、次のように伝承されている。
大津京を造営した天智天皇は、念持仏の弥勒菩薩像を本尊とする寺を建立しようとしていたが、生前にはその志を果たせなかった。
天皇の子の大友皇子(弘文天皇)も壬申の乱のため、25歳の若さで没している。
大友皇子の子である大友与多王は、父の菩提のため、天智天皇所持の弥勒像を本尊とする寺の建立を発願した。
壬申の乱で大友皇子と敵対していた天武天皇は、朱鳥元年(686年)この寺の建立を許可し、「園城寺」の寺号を与えた。
「園城」という寺号は、大友与多王が自分の「荘園城邑」(「田畑屋敷」)を投げ打って一寺を建立しようとする志に感じて名付けたものという。
なお、「三井寺」の通称は、この寺に涌く霊泉が天智・天武・持統の3代の天皇の産湯として使われたことから「御井」(みい)の寺と言われていたものが転じて三井寺となったという。
現在の三井寺には創建時に遡る遺物はほとんど残っていない。
しかし、金堂付近からは、奈良時代前期に遡る古瓦が出土しており、大友氏と寺との関係も史料から裏付けられることから、以上の草創伝承は単なる伝説ではなく、ある程度史実を反映したものと見ることができる。

三井寺では、他宗で「管長」「別当」などと呼ばれる、一山を代表する僧のことを「長吏」(ちょうり)と呼んでいる。
貞観元年(859年)、三井寺初代長吏に就任し、その後の三井寺の発展の基礎を築いたのが、智証大師円珍である。
円珍は、弘仁5年(814年)、讃岐国那珂郡(香川県善通寺市)に生まれた。
俗名は和気広雄、母方の姓は佐伯氏で、円珍の母は弘法大師空海の妹(もしくは姪)にあたる。
幼時から学才を発揮し神童と呼ばれた広雄は、15歳で比叡山に登り、初代天台座主義真に入門。
19歳の時に国家公認の正規の僧となり、円珍と改名した。
その後、比叡山の規定に従って「十二年籠山行」(12年間、比叡山から下りずにひたすら修行する)を終えた後、大峯山や熊野三山を巡って厳しい修行をする。
このことから三井寺は修験道とも深い繋がりを持っている。
仁寿3年(853年)には唐へ留学して6年間、各地で修行。
青龍寺の法全(はっせん)から密教の奥義を伝授された。
天安2年(858年)、円珍は多くの経巻、図像、法具を携えて日本へ帰国した。
翌貞観元年(859年)、大友氏の氏寺であった三井寺に「唐院」(とういん)を設置。
寺を整備して修行の道場とすると共に、唐から請来した経典や法具を唐院に収蔵した。
貞観8年(866年)、太政官から円珍に伝法の公験(くげん、証明書)が与えられた。
顕教、密教に加えて修験道を兼学する円珍の伝法は、これによって政府の公認を得たわけであり、天台寺門宗ではこの時をもって開宗と見なしている。
貞観10年(868年)、円珍は天台宗最高の地位である天台座主に就任。
以後、没するまでの24年間、その地位にあった。

円珍の没後、比叡山は円珍の門流と、慈覚大師円仁の門流との2派に分かれ、両者は事あるごとに対立するようになった。
円珍の没後1世紀あまりを経た正暦4年(993年)には、円仁派の僧たちが比叡山内にあった円珍派の房舎を打ち壊す騒動があり、両派の対立は決定的となり、円珍派は比叡山を下りて、三井寺に移った。
比叡山延暦寺を「山門」と別称するのに対し三井寺を「寺門」と称することから、両者の対立抗争を「山門寺門の抗争」などと呼んでいる。
比叡山宗徒による三井寺の焼き討ちは永保元年(1081年)を始め、中世末期までに大規模なものだけで10回、小規模なものまで含めると50回にも上るという。

三井寺は、平安時代には朝廷や貴族の尊崇を集め、中でも藤原道長、白河上皇らが深く帰依したことが知られている。
これら勢力者からの寄進等による荘園多数を支配下におき、信州善光寺も荘園末寺として記録に著れる。
中世以降は源氏など武家の信仰も集めた。
源氏は、源頼義が三井寺に戦勝祈願をしたことから歴代の尊崇が篤く、源頼政が平家打倒の兵を挙げた時にはこれに協力し、平家を滅ぼした源頼朝も当寺に保護を加えている。
頼朝の意思を継いだ北条政子もこの方針を継承し、建保元年(1214年)に延暦寺に焼き払われた園城寺を大内惟義・佐々木広綱・宇都宮蓮生ら在京の御家人に命じて直ちに再建させている。
しかし、園城寺で僧侶として育てられていた源頼家の子公暁が叔父である源実朝を暗殺するという事件を起こしたために、以後鎌倉幕府より一時冷遇を受ける。
だが、北条時頼の信頼が厚かった隆弁が別当に就任すると再興され、続く南北朝の内乱でも北朝・足利氏を支持したことから、室町幕府の保護を受けた。
両幕府のこの厚遇は、強力な権門である延暦寺の勢力を牽制するために園城寺に対して一定の支援をすることが必要であると考えられていたからだと言われている。

文禄4年(1595年)、三井寺は豊臣秀吉の怒りに触れ、闕所(寺領の没収、事実上の廃寺)を命じられている。
三井寺が何によって秀吉の怒りを買ったものかは諸説あって定かではない。
この結果、三井寺の本尊や宝物は他所へ移され、金堂をはじめとする堂宇も強制的に移築された。
当時の三井寺金堂は比叡山に移され、延暦寺転法輪堂(釈迦堂)として現存している。
慶長3年(1598年)、秀吉は自らの死の直前になって三井寺の再興を許可している。
これは死期を悟った秀吉が、霊験あらたかな三井寺の祟りを恐れたためとも言われている。
秀吉の再興許可を受け、当時の三井寺長吏・道澄が中心となって寺の再興が進められた。
現在の三井寺の寺観は、ほぼこの頃に整えられたものである。

明治維新後は天台宗寺門派を名乗っていたが、1946年以降は天台寺門宗総本山となっている。

Wikipedia より抜粋

 

 

『十四番札所 長等山 園城寺 観音堂 (三井寺)』基本情報

札所番号:第十四
山号寺号:長等山 園城寺 観音堂(ながらさん おんじょうじ)
通称  :三井寺
宗派  :天台寺門宗(総本山)
開基  :大友与多王
創建  :朱鳥元(686)年
御本尊 :如意輪観世音菩薩
御詠歌 :いで入るや 波間の月を 三井寺の 鐘のひびきに あくる湖

拝観料 :一般 600円、中高生 300円、小学生 200円
     
拝観時間:8:00~17:00
     ※指定文化財収蔵庫は午前8時30分~午後4時30分(受付終了午後4時)

納経料 :納経帳用 300円、白衣用 200円、納経軸用 500円

納経時間:8:00~17:00

※ 拝観・納経時間につきましては、季節・気象状況により変更となる可能性がございます。

 

 

年間行事・特別拝観

●年間行事
1月1日    :修正会
1月8日    :仁王会・寒中説法
2月節分   :節分会
3月     :彼岸中日法要
4月     :三井古流青山茶会
4月8日    :灌仏会
5月中頃の土日:三井寺千団子祭(鬼子母善神開扉)
7月第2土曜日 :三井寺札焼
7月22日   :本山採灯大護摩供
8月6日    :原爆犠牲者慰霊法要
8月15日   :三井寺鐘供養 盆法要
9月     :彼岸中日法要
10月29日   :智証大師御祥忌法要
       :三井古流紅楓茶会
12月31日   :三井晩鐘除夜の鐘

●特別拝観
3月26日~4月30日:愛染明王像と毘沙門天像2体特別拝観

 

 

『十四番札所 長等山 園城寺 観音堂 (三井寺)』アクセス

住所  :滋賀県大津市園城寺町246
電話  :0775-24-2416

【マイカーの場合】
●名神高速道路
大津I.Cより湖岸道路経由約10分

●国道1号線より
国道161号線経由約10分

駐車場 :有り(350台)
     
駐車料金:500円

【公共交通機関の場合】
●京阪石山坂本線
三井寺駅より徒歩10分
別所駅より徒歩12分

●JR東海道本線(琵琶湖線)大津駅
→京阪バス三井寺下車すぐ

●JR湖西線大津京駅
→京阪バス三井寺下車すぐ

※各駅からタクシー利用も可能です。

【巡礼バスツアー】

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『十四番札所 長等山 園城寺 観音堂 (三井寺)』周辺情報

 

 

観光・散策名所 情報

●円満院門跡庭園
宸殿に南する広大な庭園で、国指定の名勝・史跡です。
中央に細長い池を掘り、池の背後は自然の地形を利用した築山、池中には中島が築かれ、石橋が架けられています。
低木や大木を組み合わせた樹木の配置も見事。
住所  :滋賀県大津市園城寺町33
TEL   :077-522-3690

●弁慶の引摺鐘・三井の晩鐘
三井寺金堂の西側の霊鐘堂内に置かれている。
通称“弁慶の引摺鐘”(重文)といわれる奈良時代の古鐘で、俵藤太秀郷が三上山の百足退治のお礼に持ち帰った鐘を三井寺に寄進し、その後、弁慶が奪って比叡山まで引き摺り上げたという伝説があります。
また、金堂東側の鐘楼(重文)にかかる梵鐘は、近江八景の一つ“三井の晩鐘”として有名です。
趣深い音色は「日本の音風景100選」に選ばれており、平等院、神護寺の鐘とともに三名鐘の一つに数えられています。
住所  :滋賀県大津市園城寺町246
TEL   :077-522-2238

●三井寺(園城寺)新羅善神堂
弘文天皇陵の北西側にある園城寺鎮守社の一つで、貞和三年(1347年)足利尊氏が再建、山内で最古の建築物です。
三間社流造にさらに一間の向拝をつけており、内陣は正面中央を板扉とする以外はすべて漆喰壁となっています。
堂内には智証大師円珍ゆかりの新羅明神の坐像(非公開)が安置されています。
住所  :滋賀県大津市園城寺町
TEL   :077-522-2238

●光浄院庭園
光浄院は三井寺山内塔頭寺院のひとつで、客殿は国宝にも指定されています。
狩野派による華麗な障壁画が残されていて、桃山時代の代表的な書院造建築として極めて貴重です。
庭園は客殿と一体となってその奥深さを巧みに表現しており、書院の縁の真下から東西に長く続く池には石を配し、山畔には枯滝の石組みを組むなど、配石・配樹を流れるように華麗に工夫された庭園です。
住所  :滋賀県大津市園城寺町246
TEL   :077-522-2238

●法明院庭園
雄大な琵琶湖と三上山を借景にした池泉回遊式庭園。日本美術を世界に紹介した、米国人フェノロサが絶賛した景勝地にあり、紅葉は特に圧巻。
フェノロサと親友ビグローの墓があることでも有名です。
住所  :滋賀県大津市園城寺町246
TEL   :077-522-2238

 

 

グルメ 情報

●開運そば
円満院の門番小屋を改装したそば店。
湯葉やシイタケなどの天ぷらが入った開運そばが名物。
名水を使った上品な薄口のだしが特徴で、のどごしのよい細めのそばとの相性も抜群。
住所  :滋賀県大津市園城寺町33 円満院勅使門前

●三井寺力餅本家
明治創業以来、同じ場所で『三井寺力餅』を作り続ける老舗。
伝統の技法で作られる餅は素朴な味。お餅を柔らかく食べてもらおうと本店では全て注文を受けてから作られる。
とっても柔らかく、きな粉の香ばしい風味が食欲をそそる。
2階では大津絵を見ながら、お茶と一緒にお餅もゆっくりと食べる事ができる。
きな粉の風味と柔かな餅大津名物『三井寺力餅』
住所  :滋賀県大津市浜大津2-1-30

●叶匠壽庵寿長生の郷
大石龍門の丘陵地に広がる和菓子の里。
6万3千坪の広大な敷地内は自然の景観をそのまま生かし、全国でも珍しい1000本の梅林や桜、牡丹、椿等季節の美しい花々を見る事ができる。
豊かな緑、池や小川が配された庭園のお茶席では、季節の和菓子とお抹茶を、又「山寿亭」では懐石料理を楽しむことができる。
和菓子の名店が作った自然とお菓子の里
住所  : 滋賀県大津市大石龍門4-2-1

●本家鶴喜そば
そば。
享保初年の創業。
特級の粉を使ったひきたて、打ちたて、ゆでたてのそばを味わえる。
住所  :滋賀県大津市坂本4丁目11-40

 

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その他 情報

周辺の有名温泉

●石山温泉
瀬田川畔に湧く滋賀県の老舗的温泉。
紫式部が『源氏物語』の構想を練った地と伝わるほか、聖徳太子や空海などにゆかりある史跡が点在。
数軒の温泉旅館が石山寺の門前町に並んでいる。
住所  :滋賀県大津市石山寺1丁目3-15

●おごと温泉
おごと温泉は滋賀県琵琶湖の西に位置し、比叡山の御膝元、また、京都に一番近い温泉地として親しまれてきました。
比叡山の伝教大師、最澄によって開かれたおごと温泉は、大正時代には本格的な温泉地として開発され現在に至ります。
泉質はph値9.0と、高いアルカリ性単純温泉で、神経痛・筋肉痛・冷え性や疲労回復に効き、入浴後の肌質がなめらかになります。
おごと温泉の旅館やホテルは全て、水道水を混ぜる事なく、源泉を使用したお湯を引いています。
住所  :滋賀県大津市雄琴

 

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『西国三十三所』札所のご紹介

総合紹介ページ【保存版】西国三十三所巡礼 各札所の気になる情報・・・はこちら!

 第一番  青岸渡寺  第二番  金剛宝寺(紀三井寺)  第三番  粉河寺
 第四番  施福寺  第五番  葛井寺  第六番  南法華寺
 第七番  岡寺  第八番  長谷寺  第九番  南円堂
 第十番  三室戸寺  第十一番  上醍醐 准胝堂  第十二番  正法寺
 第十三番  石山寺  第十四番  三井寺  第十五番  今熊野観音寺
 第十六番  清水寺  第十七番  六波羅蜜寺  第十八番  六角堂 頂法寺
 第十九番  革堂 行願寺  第二十番  善峯寺  第二十一番  穴太寺
 第二十二番  総持寺  第二十三番  勝尾寺  第二十四番  中山寺
 第二十五番  播州清水寺  第二十六番  一乗寺  第二十七番  圓教寺
 第二十八番  成相寺  第二十九番  松尾寺  第三十番  宝厳寺
 第三十一番  長命寺  第三十二番  観音正寺  第三十三番  華厳寺

 

 

最後までご覧頂きまして有難う御座います。
その他の札所もご覧頂き、プラン計画の情報としてご利用頂ければ幸いです。
良い『西国三十三所巡礼』となりますよう心よりお祈り致します。

 

 

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